earth music&ecologyの宮崎あおいはなぜ可愛く見えるのか
まずはこちらをご覧ください。
これは宮崎あおいが出演するearth music&ecology(以下、アース)のCMです。
この透明感たるや、この前年に大河ドラマの主演を務めるなど、女優として最盛期を迎えていた凄まじさがあります。
自分も含め、当時の青少年は一度はこの宮崎あおいの可愛さに心奪われた経験があるのではないでしょうか。
可愛さについては一目瞭然です。議論の余地もありません。
ただよくよく見てみると、このCMが何についてのCMなのか、そこに対する説明はほとんどありません。
このCMが放映されたのはちょうど10年前の2010年。僕は大学生でした。
芸術学を専攻していたのですが、漫談調の講義を行う名物教授がこのCMを教材にしていました。
その講義のテーマは「可愛いとは何か」ということでした。
講義の内容はほとんど覚えていませんが、このCMを入り口にしてアカデミックな内容を話していた記憶があります。
なぜあのとき教授はこのCMを選んだのか。
当時は「良いCMだから」ぐらいしか考えていませんでしたが、今になってみてわかることがあります。
現在、映像づくりを仕事にしている身として、「かわいいとは何か」を答えることはできませんが、「なぜ可愛く見えるのか」は多少なりとも語れるのではないかと思います。
ブランドイメージ
宮崎あおいを起用したのは、アースのブランドイメージによるところが大きいです。
CMはだいたいそうですが、どういったイメージを消費者に抱かせたいかによって起用するタレントを選んでいます。
出演するタレントもただ演技するだけではありません。
タレントのイメージはイコールブランドのイメージとなります。
いわば、タレントはそれまで積み上げてきた自分のイメージを企業に売り渡すのです。
だから、トップクラスだとウン千万という莫大なギャラになります。
ではアースのブランドイメージとはなんでしょうか。
ナチュラルガーリッシュをテーマに、愛されスタイルからカジュアルMIXまで。
女の子が大好きな、甘さがあり、ナチュラルで上品なデイリースタイルを提案するブランドです。
公式ではこのようにブランドを説明しています。
色々と書かれていますが一番大きなキーワードは「ナチュラルガーリッシュ」だと思います。
言い換えれば、過度に着飾らず背伸びしない女の子の日常着といったイメージでしょうか。
(もう死語ですが、「森ガール」がまさにこういうイメージだと思います)
以上を踏まえて、アースが打ち出そうとしていたブランドイメージをものすごく端的に言えば、「ナチュラルガーリッシュな服を販売する会社」ということになります。
ブランドイメージが明確になったところで、これをどのような演出・映像で表現するのか?
CMに関わる全てのクリエイティブはここを最終ゴールに掲げて、アイデアを練り上げていきます。
ファンタジーな芝居
芝居、つまり宮崎あおいは何をしているのかについてです。
このCMはいくつかバージョン違いが制作されていますが、全作に共通しているのがザ・ブルーハーツの「1001のバイオリン」を歌っていることです(音楽については後述します)
歌っている以外に何をしているか、主なものを列挙してみました。
1.防波堤を歩いている
2.鉄棒にぶら下がっている
3.外野を守っている
4.自転車で立ち漕ぎしている
どれもなんてことないことです。
ただしこれはちょっとひねった「なんてことないこと」だと思います。
本当にリアルな日常を映し出したいのであれば、歯を磨いている瞬間や仕事帰りに買い物している瞬間など、もっと日常に寄り添った「なんてことないこと」はたくさんあります。
このCMはそうではなく、ちょっとだけひねったことをさせています。
2.3の芝居が特に特徴的ですが、実際に20代のうら若き女性がまぁまぁの声量で歌いながら鉄棒にぶら下がっていたり、少年野球に混ざっていたらその人はちょっと変なやつです。
良い言い方をすれば、現実にはないファンタジー要素がこのCMには漂っています。
CMの基本的な構造は「満たされていない人が、ある商品によって満たされる」というストーリーです。
宮崎あおいは最初からアースの商品を着ているため、満たされた状態からスタートしています。
つまり、宮崎あおいはすでに商品の力で満たされた強化状態です。
強化状態だからこそ、人目をはばからず大声で歌うし、ただただ意味もなく鉄棒にぶら下がることができます。
リアルな日常を映し出しても視聴者にインパクトは残りません。
このCMの制作者はナチュラルガーリッシュをこのような強化状態、ちょっとだけファンタジー要素を入れることでインパクトのあるものとして見せることに成功しています。
そして、足しているファンタジーの塩梅も絶妙です。
変すぎてもダメだし、普通すぎてもダメです。
良い塩梅のファンタジーだからこそ、宮崎あおいがもともと持っている「可愛さ」を増幅させることができていると思います。
ザ・ブルーハーツの少年性
宮崎あおいが歌っているのはザ・ブルーハーツの「1001のバイオリン」です(「1000のバイオリン」のオーケストラver)
なぜこの曲なのか?
既存の曲を使う場合は、その知名度や使用料などが影響していますが、ここではその歌詞に注目したいと思います。
(歌詞全文)
ヒマラヤほどの消しゴムひとつ
楽しい事をたくさんしたい
ミサイルほどのペンを片手に
おもしろい事をたくさんしたい
夜の扉を開けて行こう
支配者達はイビキをかいてる
何度でも夏の匂いを嗅ごう
危ない橋を渡って来たんだ
夜の金網をくぐり抜け
今しか見る事が出来ないものや
ハックルベリーに会いに行く
台無しにした昨日は帳消しだ
ヒマラヤほどの消しゴムひとつ
楽しい事をたくさんしたい
ミサイルほどのペンを片手に
おもしろい事をたくさんしたい
揺篭から墓場まで
馬鹿野郎がついて回る
1000のバイオリンが響く
道なき道をブッ飛ばす
誰かに金を貸してた気がする
そんなことはもうどうでもいいのだ
思い出は熱いトタン屋根の上
アイスクリームみたいに溶けてった
改めて見るとブルーハーツがなぜここまで熱狂的な人気を得ているのかが、世代でなくてもわかります。
マーシーは天才ですね。
宮崎あおいが歌っているのは冒頭の部分だけです。
ヒマラヤほどの消しゴムひとつ
楽しい事をたくさんしたい
ミサイルほどのペンを片手に
おもしろい事をたくさんしたい
なんてワクワクするような出だしでしょうか。
ここで少し、歌詞の内容を解釈してみます。
この曲の主人公が持っているのは、消しゴムとペンだけです。
つまり紙に文字を書くことで、楽しいこと・おもしろいことができるのだと言っています。
そして、比喩としてヒマラヤやミサイルを使っていること、さらにのちに登場するハックルベリーなどを考慮すると、
主人公はまだ年齢的には幼いことが推測されます。
一人の少年が、紙の上にストーリーを綴り、壮大な冒険を空想している情景を思い浮かべることできます。
アースのCMに戻ります。
この曲が持つキャッチーさもさることながら、ナチュラルガーリッシュを誇張するために、この曲の「少年性」を利用したのだと思います。
可愛い人がガーリーな服を着て南沙織の「17才」を歌いながらおままごとをしていても、同じような要素が並んでいるだけで印象に残らないと思います。
このCMは、あえて真逆の要素を入れているように思います。
先に書いた4つの芝居もどちらかという少年的な動作だと言えます。
すべては、ブランドイメージをいかに効果的に見せるか、そこに注力して構成されていることがわかります。
まとめ
最初に立てた問いに戻ります。
問い「なぜ宮崎あおいは可愛く見えるのか」
答え「宮崎あおいの元々の可愛さを、音楽や芝居でさらに盛り上げているから」
大した答えではないです。でも制作者がここに至るまでには相当な時間がかかっていると思います。
まず商品の説明を全くしていません。ここでもうすでにかなりの英断です。
制作者は説明がなくとも、宮崎あおいが可愛く見えれば見えるほど、CMとしてのインパクトとして繋がること、ブランドイメージ向上になることに気づきました。
ではそのためにどうすればいいのかを、制作者はさらに脳みそを捻じ上げて考えていったのです。
そういった試行錯誤を経て、ようやく「良いCM」が生まれます。