クロマキー合成についての趣味的考察 / 2020 New year movie

今回の年賀ムービーでは、グリーンバックを使ったクロマキー合成という手法を採用しました。(このワンアイデアだけでよく突っ走ったなと今では思います)
映像の世界でこの手法はかなり一般的です。特にその作品の予算が大きければ大きいほど……。ここでは、このクロマキー合成について、個人の趣味の範囲内で書けることを書いてみようかと思います。
合成も色々
クロマキー合成は、別に目新しいものでもなんでもありません。特に映画の世界では。
例えば、
これが
こうなります。
これが
こうなっちゃうんですね。
他にも「合成 映画」で調べれば、CG処理前後を比較した記事がいくらでも出てきます。
ただ、こういうハリウッドの大予算映画となると何がどうなってるのか、どれだけの時間がかかって、技術的にどういったことが行われているのか、正直よくわかりません。なのでこういう類のものは一旦無視をします。
ここで書いていこうと思うものは「合成を合成として見せている」映像です。
実写の映像と合成の映像の間の違和感をなくそうとすると、技術的には難しくなってきます。今回の年賀ムービーもそうですが、その違和感をあえて残し、むしろそれを狙いとしているようなストロングスタイルの映像作品が世の中にはあります。
合成は恥ずかしくない
『Green Screen Gringo』
前に出した年賀ムービー制作日記の記事でも少し触れましたが、年賀ムービーのアイデアの発端であり、「合成を合成として見せること」はなにも恥ずかしいことではないのだと勇気づけてくれた作品です。
Vimeoに流れているのをたまたま見つけただけので、ブラジル人の作品らしいことはわかりますがそれ以外の情報は一切わかりません。
ただ、最初観たときはぼくはしてやられたなと思いました。
何をしてやられたのか?
映像に限らず、小説・演劇・音楽などジャンルを問わずクリエイティブに携わる人の共通目的をひとつ定義するとすれば、それは世界を今までと違うように見ることではないかと思います。
大半の人が同じような見方をするものを、その人独自の、全く新しい視点から眺めるのです。
ニュートンが木からリンゴが落ちるのを見て、引力という概念を思いついたという逸話もそれに近いです。
かくいう自分もそういう視点を持てるよう努力し、クロマキー合成にその可能性があるんじゃないかとなんとなくふわっと考えてことがあります。その最中でこの作者はクロマキー合成を使って、見事に、世界を今までとは違うような見方で提示しました。
だからしてやられたのです。
もう少しちゃんと説明します。
例えばこの作品の中で言えば、美術館のシーンが一番好きなんですが、社会科見学が来たであろう大勢の学生に混ざってサーフボードを抱えた上裸の青年が一緒に絵画を鑑賞しています。
場面説明のために見たままを描写しているだけでもシュールすぎて笑えてきましたが、この空間をもし役者を用いてフィクションとして作り出したとしてもたいして面白いことにはならないのではないかと思います。
社会科見学をする学生たちとサーファーが両者とも現実に存在し、お互いの存在を気にすることなく、同じ空間で自然に振舞っていることがこの映像の強度が増している理由です。
これはクロマキー合成でしかできないことです。
人は常識やルール、法律、社会的通念で、その時いるべき場所や格好、立ち居振る舞いを決めています。それは生きていく上での縛りとも言えるかもしれませんが、普通の感覚ではそれを縛りと感じることはありません。
この作品は、クロマキー合成によって好きな場所に好きに人を配置させることで、それを縛りと捉え、解放し、本当に自由な空間を作り出しているのだと思います。
合成界の女王
クロマキー合成界には、他の追随を許さない絶対的な女王がいます。
そう、森高千里です。
『私の夏』
YouTubeを見てもらえれば、説明は不要かと思います。
これは明らかに「合成を合成として見せている」映像です。雑な作りだと言えば、確かにそうかもしれません。
ただもし、自分がディレクターを務めるとしたらこうはできません。どんなにやる気がなくても、もう少し上手く作れてしまいます。つまり、狙ってやっているとしか考えられないのです。
このダサさが狙いであるというきちんとした論拠が一つあります。それは森高千里のアイドルとしての出自に関わることですが、長くなるので割愛します。でも、このMV、めちゃくちゃダサいんですがなんか不思議と観れるんです。
女王が女王たる所以
すみません、また森高千里なんですが、「女王」と書いたのにはきちんと理由があります。
森高千里のアイドルとしての全盛期は90年代ですが、いまでもテレビには出続けており、ライブ活動も精力的に行なっています。そして何と言っても、クロマキー合成のMVをいまだに作り続けているのです。
『ハエ男』
このような、自身の曲をセルフカバーしたMVを量産しており、全200曲分あります。ほとんどすべてクロマキー合成で作られています。
ここまでくると、ダサいとかダサくないとか、そんなことで語るのはあまりにも的外れですし、超越したものとして見るしかありません。
『Green Screen Gringo』がクロマキー合成の可能性を広げてくれたと思っています。今回の年賀ムービーもその派生ですが、まだ他にもやりようがあるのではないかなと思っています。
あと、森高千里に関してはネタ的に書いてしまったので、誤解があるかもしれませんが、本当に好きで良い映像だと思っています。機会があれば、真面目に考察したものを書きます。
映像本編:
2020 New year movie
メイキング:
2020 New year movie 制作日記